2016年クリスマス

午前の礼拝では「貧しい者への平和の告知」と題してルカ2:1~24からメッセージ。

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聖歌隊賛美

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玲さんが素晴らしい賛美をしてくださいました。
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午後からのクリスマス愛餐会も豊かな恵みと良き交わりの時となりました。
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女性会からは今年も手話賛美‼ 



ヨシュア会(壮年会)からの劇はスライドを交え今年もなかなか見応えのあるものでした!

新宿中村屋の創業者 相馬愛蔵

相馬愛蔵と言えば、山崎製パンの創業者 飯島藤十郎氏が大きな影響を受けた方です。

彼は中村屋の創業者と言うだけで偉大なのではなく、創業者であると同時にクリスチャンとして、日本の文化にも多大な影響を与えた人物として偉大なのです。

17歳の頃、愛蔵は友人に誘われて、牛込市ケ谷の牛込教会へ行くようになりました。
そして洗礼を受けクリスチャンとなりました。

その後、札幌農学校で養蚕を学を学び、一時は北海道で養蚕(ようさん)を夢見るも断念し帰郷しました。

故郷の現安曇野市穂高で明治24年(1891年)に、蚕種製造を始め、『蚕種製造論』を著しました。

22歳の愛蔵は、明治24年12月20日に東穂高禁酒会を創立。最初は11人の出発でしたが、みるみるメンバーが増えていったといいます。また明治27年(1894年)、村に芸妓を置く計画に反対し、廃娼運動も行ないました。さらにはこの時代に、孤児院基金募集のため仙台へ出掛け、仙台藩士の娘でありクリスチャンの星良と知り合い1898年に結婚しました。

東京に出て来た愛蔵一家は、明治34年(1901年)東大赤門前のパン屋、本郷中村屋を買い取り、パンの製造を始めました。明治37年(1904年)には、日本で初めてクリームパンを発売しました。さらに明治40年(1907年)に新宿に移転した後、商売は大繁盛するにいたりました。さらに中村屋は日本で初めてインド式カレーライスを販売し、大人気となって行きました。

1915年にインドの独立運動家ラス・ビハリ・ボースがイギリス官憲に追われ日本に亡命して来ましたが、一時日本政府にも追われていた彼をかくまったのが愛蔵一家でした。そのほかにもロシアの無政府主義の盲人詩人のエロシェンコをかくまうなど、自分の身の安全を顧みずに人道的な立場に立って行動したのです。後にボースは相馬夫妻の長女と結婚。大正12年、日本国籍を取得しました。ボースの指導によって中村屋のインドカレーが誕生したのです。

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by nakayamakyokai | 2017-01-07 04:30 | イベント