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「神が備えられたそれぞれの道」

ガラテヤ人への手紙 2:1~10

クリスチャンはこうあるべき!というような枠を作って自分自身ばかりでなく、
他の人をもその枠の中に押し込めようとしていないか。
それは自分自身が苦しくなるばかりでなく、他の人を苦しめてしまう!
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クリスチャンとしての枠など必要無いが敢えて枠があるとするならば、
以下の2点位であろうか。
1.人間としての常識は持つべき
2.周りの人に迷惑をかけない
それより、人にはいろいろな生き方があるということを知るべきである。

自分の秤で人を測るべきではない。
誰かと同じようになりたいと思うより、自分らしく生きればいいのです。
あなたに代わる人はいないのですから、あなたらしく生きなければ生まれてきた意味がない。

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また、親は自分の理想の枠の中に子供を入れようとしていまいか。

人はそれぞれ違った道が備えられているのです。
身体に多くの必要欠くべからず部分があるように、
人もそれぞれが必要で尊い存在なのです。

神様はペテロやヨハネ達には主に割礼を受けたユダヤ人たちに福音宣教の任を負わせた。
パウロ、バルナバ、テトス達にはユダヤ人以外の外国人たちにその任を負わせた。
そして彼らはお互いを尊重し合い素晴らしい関係を築いていった。

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私達も周りの人たち、特に家族に対して同様に相手を尊重し受け入れるべきである。
周りの人たちの素晴らしさを認めてこそ、良い関係へと導びかれるに違いない。

                   (河野牧師のメッセージから 記・K.T)

今日の花:上から
ナスタチューム
ネモフィラ
イキシア  
by nakayamakyokai | 2008-05-25 22:53 | 聖日